過去には、必ず必要なものであったが、今では使われないものがあります。
物質文明の発達、文化の変化によるためです。
ところが、今では消えたようなものを見ると、なぜかより懐かしい感じがします。
「얼레빗」もそのひとつです。
「얼레빗」とは、日本の「とき櫛」や「つげ櫛」のように目の粗い櫛のことです。
材料は、主に木で作られたものが多く、シラカバ、竹、ナツメの木、塗装木材、松、柚子の木などが使用されていました。
特に済州島の黒松で作られた櫛は、病気や鬼を払うとして人気がありました。
今、韓国には、この伝統ある櫛を継続している職人が一人しかいません。
李相根木梳匠です。
亡き父もまた代を継いで櫛を作り、日本統治時代に祖父が、高宗皇帝で働いてたという理由で親日派に追い込まれました。
断髪令が下されたにもかかわらず櫛を作っていたため数回獄中生活をしたことがありました。
そのため、息子である李相根氏には家業を継ぐことは望まれていませんでした。
亡き父は息子に教師になることを望みましたが、彼は教師になって1カ月半で勤務していた学校に辞表を出しました。
そして、櫛作りを始めました。それくらい櫛を作ることが好きだったのです。
その結果、彼の作品は、全国的に広く知られるようになり大きな人気を集めるようになりました。
工芸品コンテストで数十回受賞をし、2002年には忠清南道指定伝統文化継承者として指定されました。
2003年には国指定民族固有の機能伝承者として指定され、2007年にはユネスコの優秀工芸品に認定される栄光を手にしました。
そして、2010年忠清南道無形文化財第42号に指定されました。
展示会を開くと櫛を学ぼうとする人が現れますが、ほとんどの場合すぐに辞めてしまいます。
櫛を作って生活することが出来ないからです。
韓国には結婚の前に新郎の家から新婦とその家族たちに「四柱函」と呼ばれる箱の中に贈り物を入れて贈る「結納」の風習がありました。
その箱の中に櫛を入れて贈ります。
櫛を受け取ることで結婚を承諾するという意味があります。
女性は受け取ったその櫛で髪を綺麗にして、新郎を待つという意味が込められています。
『近頃は5千年の悠久の文化民族だと言葉だけで騒がれていますが、伝統文化を伝承させようと適切な努力をしているでしょうか?
端午の節句のとき菖蒲湯で髪を洗う姿がTVに出てきますが、髪を洗ったあとに何の意味もないプラスチックの櫛で髪をガリガリとかしています。』
韓国の生活に櫛はなくてはならないものであったにも関わらず、その意味がなくなりつつあることに李相根氏は嘆いています。
「どうか、くれぐれもこの櫛を大切にしてください。」
そう言われ、私はこの櫛を知人から頂きました。
韓国の心も一緒に受け取ることができた素晴らしい贈り物です。